まだ海外旅行すら珍しかった時代、海を越え、赤道を越え、南極観測隊員の食卓に上った昆布巻かまぼこがあった!!

はじめまして。私は、この度諸般の事情により、社史編さん係を拝命いたしましたIKUOと申します。
割と手すきな部署なので、今後、社長室を中心に社内で発見した資料などを、いろいろ皆様に報連相していきたいと思います。

早速、資料箱の中から一葉の写真が・・・。何やら電報文の写しのようですが、何だろ?

消印は昭和42年、発信元はナンキョク、宛先はまだ課長だった現社長宛て。
私はもう、ピンと来ましたね、これは若き日の社長に来た、キャバレー(死語)からの督促状に違いないとね。

しかし、どうやら早とちりだったようです。「いけない、こんなに迂闊では、社史編さん係など勤まらんぞ!」と、自分を叱りつつ電文をご紹介します。
カタカナ文で写真だと読みにくいのですが、この様な内容になっております。

「誕生祭の特別食に、紀文経由の富山蒲鉾 昆布巻タイプが食前を飾る。旨さと一緒に故郷の味を満喫した。
こちらはこれから夏、夜の無くなるのも真近、皆元気にやってます。皆様に宜しく。多賀」

この電文を発信されたのは、幾多の冒険や冬山登山の経験を経て、第8次南極観測隊に越冬隊員として参加された多賀正昭氏です。
出身は富山市の中心部にある「高芳」という鱒ずし屋さんです。
氏が、遠く離れた南極の地で、思いがけず口にした故郷の味に感激し送って下さった電報だそうです。

ハワイですら憧れだった時代、赤道を越え、はるか南極に弊社のかまぼこが行ったという事実にも驚かせられますが、この世の果てともいえる極限の地で、図らずも故郷の味と対面した、氏の思いはいかばかりだったかと思うと、何やら胸が熱くなる思いです。蒲鉾屋冥利に尽きると言ったところでしょうか。