かまぼこの歴史 誕生〜現在、そして未来

かまぼこって、古くから私たち日本人に親しまれている食文化ですね。
皆さんは、かまぼこの起源を知っていますか?
今回は、かまぼこの起源と歴史に迫ってみましょう。

かまぼこの誕生

かまぼこの起源は、西暦260年ごろにさかのぼります。
神功皇后(※)が旅の道すがら生田の杜(現在の神戸付近)で、魚の身をすりつぶしたものを槍の矛先につけ、焼いて食べたことが始まりとされています。

形が蒲(ガマ)の穂に似ていたことから、「蒲穂子」が訛って、『かまぼこ』になったとされています。
また、矛先で焼いたため、「蒲鉾」になったとも伝えられ、その原形は現在の『ちくわ』に似ています。

かまぼこの起源については、諸説あるようです。

※神功皇后(じんぐうこうごう)
日本書記などに出てくる歴史上の人物。
三韓征伐を成し遂げた.

かまぼこは宮中で伝承

かまぼこが初めて文献に登場したのは、平安時代中期の1115年(永久3年)です。
『類聚雑要抄(るいじゅうざつようしょう)』の中に、宴会に出されているのが記録されています。


[類聚雑要抄]より

以後宮中にて伝承され、皇太子様の結婚の儀である「朝見の儀(ちょうけんのぎ)」では、古式にのっとり蒲鉾が用意されました。

このブログの第1回にもありましたが、初めて文献に登場した1115年をとり、「11月15日」を『かまぼこの日』としています。

ルーツは東南アジア?

かまぼこは、東南アジアの国々にもあるようです。
それは「フィッシュボール」や「ケロポク」と呼ばれ、一種の「フィッシュクラッカー」もあり、魚を3枚におろして塩ずりする方法は日本と同じです。
日本民族は、アジア大陸の数か所から移住してきたという説もあることから、かまぼこのルーツもこのあたりから来ているのかもしれませんね。

進化し続けるかまぼこ

長い歴史があるかまぼこ。作り方の歴史をみてみると、江戸時代には製造技術がほぼ完成し、明治、大正時代まであまり変化はなかったようです。
ただ、明治中頃から肉挽機械が開発され、人力で行っていた仕事が次第に機械によって行われるようになりました。

それでも、かまぼこの基本的な技術は昭和20年代までずっと徒弟制度の下で受け継がれてきました。

昭和30年代に入ると、冷凍すり身ができ、食品添加物の開発や製造工程の機械化、冷凍設備や包装技術が発達しました。

昭和50年代になると、流通改革により、国内総生産100万トンを超えました。
かまぼこは国民の食生活における良質なタンパク供給源として重要な役割を果たすようになっています。

平成に入ってからは、かまぼこ業界全体が成熟期に入った感があります。
しかし、かまぼこはタンパク質やカルシウムを豊富に含み、低カロリー食品であることから、科学的データにより健康性や効用が明らかになってきました。

これからのかまぼこは、地域独自の味や色、形を生みながら、より安全な製品の供給に努めて、多くの人々の健康向上に貢献することが大きな役割であると感じています。